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経営随想

To dream is to survive ~未来を見よう、生き残る為に~

柿崎 公明
(アキタコレクションプロジェクトチーム リエゾン)

アキタコレクションという家具

 2014年秋、国際的に著名なデザイナー・喜多俊之氏から秋田スギを活用し世界に通用する家具を作ろうという提案があり、県内家具メーカーと木材加工メーカー、秋田県が協力するプロジェクトが始まった。日本固有種のスギは学名を「クリプトメリア ジャポニカ」と表記され「日本の隠された財産」の意味を持つ。海外では珍しい木材であり、本計画ではキーマテリアルと位置付けた。2015年にプロトタイプを国内展示会に出品、2017年、2018年にイタリア・ミラノで開催されたインテリア雑貨の国際見本市・HOMIに出展し、国際的デザイン誌に掲載された。2018年はシンボリックな商品を前面に出して顧客の更なる関心を得た。秋田県内でも多くのメディアが取り上げてくれた。
 アキタコレクションプロジェクトには3つの特徴がある。

1 家具メーカーの連携生産体制

 2015年に萩原製作所と藤島木材工業の2社でプロジェクトがスタートし、プロトタイプ開発と同時に、県内家具製造所の訪問、一般講演会の開催などを通じて家具の世界的状況やスギ家具の持つ可能性を伝える活動を実施し、2016年に製造グループとして10社が協力する家具開発となった。喜多氏による各製造者の特性に合わせた指導の下、2017年のHOMIでは13タイプ、2018年には15タイプを出展した。
 アキタコレクションプロジェクトのメンバー企業は1人の工房から100人以上の大きな事業所まで様々な形態があり、その生産方式も職人の手作業から機械化されたライン生産まで多様であるが、「オリジナルの家具を世界に発信する」という夢を皆で共有している。ミラノでは反響を目の当たりにし世界は近いという実感を得ることができた。
 これら家具は別々の製造者による為、生産性や加工法が異なり、生産が1か月に1個ないし2、3個だけと、グローバル展開を視野に入れたビジネスとしては課題があった。アキタコレクションとしての生産性を上げるため、2017年に製造グループに1社が加わる11社体制の中で、同じ家具を異なるメーカーが作れるよう加工法やスキルを検討・調整し、現在は各製品につき月産20~100個を可能とする協業体制の構築を進めている。深い職人連帯、企業連携は世界を相手に戦う大切なスキームである。
 世界から多くの人が日本を訪れており、情報は一瞬にして世界に発信され、思わぬビジネスチャンスも同時に生まれる。成熟した社会のマーケティングにおいて、顧客の反応に対応して事業構造を最適化する体制づくりには組織全体が同時に情報を共有することが不可欠である。緊密な企業連携はビジネスの情報ロスや機会損失を回避し、未知の市場で戦う武器となる。アキタコレクションプロジェクトでは、全体方向の修正や検討、県やデザイナー、各メンバー、そして顧客からの情報の共有を目的として、2017年1月にアキタコレクションオフィスを立ち上げた。筆者は組織間調整役のリエゾンとして、その役割をしている。

2 外部デザイナー、県内職人、秋田県とのスキーム

 世界の各市場を理解し、その家具をデザインできる人は稀ではないだろうか。喜多俊之氏はイタリアで長く活動し、世界的に著名な家具デザイナーである。彼はスギという日本にしかない素材を使い、日本から新しい家具を発信するという。これはもう商品企画も何もない。ただ作るしかない。誰も見たことのない家具は彼の頭の中にしかない。 その手法は、彼のイメージを作り手と対話しながら、形造られるものの細部を整えてゆく。彼の言葉やラフ図の詳細を理解する能力は聞き手である職人の能力に依存している。喜多氏のちょっと曲がったラインから、意図した意味を理解するのは難しい。一方、職人からのアイデアで彼のイメージはより高い水準のものとなる。喜多氏との対話により、職人の創造性は高いレベルに到達していくように思われる。既存のものを改良するデザイナーや初めから具体的な決まった図面を提示するデザイナーには、多くの場合、真に新しいものをつくる力はない。建築でも踊りでも伝統工芸でも、その多くの分野で革新的なモノを作り出す人は、演じる人や職人との相互・相関作用によって自己の創造性を進化させ具現化するのである。また、オリジナリティーはデザインの総本山であるミラノで評価されなければならない。喜多氏のミラノでの評価は極めて高く、展示場には喜多氏の作品を見るため、多くのメディアが訪れた。彼はデザイナーとしてのみならず宣伝マンとしても大きな存在である。
 真に新しい物を世界に披露し展開していくためには海外での展示が重要である。秋田県は「夢の実現」となる海外展示事業に強力な支援を行ってくれた。地元の木材を使い、地元の企業が協力し、自社ブランドを立ち上げ、産業として大きく成長させたいという思いにも強い関心を持ち、助言してくれている。さらに、秋田県農林水産部を主体として、秋田県産業労働部、秋田県立大学木材高度加工研究所、東北森林管理局等々の各機関からは有形無形の支援やアドバイスをいただいている。多くの方々から支援を頂戴し感謝の念に堪えない。また、協同組合秋田県家具工業会は、現在11社となった製造グループを事務方としてまとめ、多方面で中心的役割を担っている。多くの方々の期待と夢を乗せて、アキタコレクションプロジェクトは責任を背負い、これからも大きな塊として世界に向かって歩みたい。組織として大きな質量は動き出したら止まらない。Big momentum(慣性力)は遠くまで行くにはとても大切な要件である。

3 日本からオリジナルなデザインを海外に発信するということ

 2017年1月にミラノに展示した家具は秋田スギの赤身と白(しら)太(た)の幅ハギ(複数枚の板を奥行き方向にはぎ合わせること)で構成された素材を使用した。素材をデザインすることから始まった家具作りはテーブルに炉(ろ)縁(ぶち)構造(茶道で炉の上にはめ込む枠にみられる構造)を使ったり、随所に複雑なホゾ(凹凸で木材同士を組み込む接合)を使ったり、目に見えないところに技が隠されている。秋田スギの外観や色などが温かさを生み、現代的家具の形として独特の雰囲気を出している。2018年にはスギをシンプルに使ったスツールや、暖簾で繋げた屏風空間の演出なども加わり、訪れた人は驚きと感嘆の声を上げ、眺めて触れて香りを感じていた。「日本からオリジナルな家具を世界に」というスローガンは達成しつつある。これらの家具はNOSHIRO、YUZAWAなど県内各地の地名が名づけられ、アキタコレクションとしてフラッグシップの役割を果たしている。この家具が売れるかどうかは顧客がそれをどう生活空間にイメージ投影できるかである。まったく新しいイメージを放つ家具に競争相手はいない。市場はこれから形成される。究極のブルーオーシャン戦略である。
 成長を求めた20世紀に対し、モノが溢れた21世紀の成熟社会では、一人ひとりが深い情報と視点を持ち、心理学者のマズローが言う5段階欲求の最上位、自己実現を目指した生き方を求める。 欧米では人がある年齢になると、自分の生き方としての生活空間を求め、リフォームすることが多い。日本もこれからは、一人ひとりの生き方に合った自己実現の場として家具を購入する時代になる。マスとして捉えた生活空間へのインテリアが主体となっている日本で、アキタコレクションは異なる空間を提案する。それが故に世界に向かって丁寧に製品を紹介していかなければならない。これからのオリジナリティーとは市場迎合商品ではなく、人の感性に共鳴するアート的美を備えた商品でなければならない。それが故に寿命が長く、ゆっくり過ぎる時間の中に存在する。コモディティーとは全くの逆の時間軸に存在している。それをきちんと意識してマーケティング戦略を実行してゆく。
 秋田は日本の端っこであり時間速度が都市と比べてゆっくりと流れている。10年、20年かかる家具のブランド構築には最適な場所である。ユーラシア大陸の東の端というのもエコロジカル産業の起点として魅力的である。イタリアではArchitect(建築家)とは町や人の住まい、人のあり方から住空間を考える人のことで、哲学的思考が大切だという。米国ではインテリアデザイナーは日本と比べ、社会的地位が高い。すべては人や住まいのあり方が基本となり、どのような町、暮らし方、人や自然との関係性を作るかという視点から見ている。家具もまた、ライフスタイルを正面から捉えて、新しい未来の生き方を提案するものでなければならない。
 2018年のHOMIで、イタリアで有名なフードスタイリストであるサンドラ・ロンギノッティさんが、アキタコレクションの椅子を彼女が選ぶライフスタイルの見本として自身のブログに紹介してくれた。豊かな生き方を追求するプロがこれからの生き方としてスギの椅子を選んでくれたことは、とてもうれしく感激した。

 最後に我々の活動の指針となっている言葉をご紹介して結びにしたい。イスラエル元大統領のシモン・ペレス氏の言葉で「To dream is to survive」、「未来を見よう、生き残る為に」である。
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