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経営随想

若者が求める魅力あふれる憧れ企業創出に向けて
 「共同研究」を通したイノベーティブな人財づくり

赤上 陽一
(秋田県産業技術センター 所長)
 「秋田県産業技術センター」は、昭和3年7月に県の「工業試験場」として創設され、今年で90年を迎えます。その間、幾度とない名称の変遷にはその折々の時の風景を感じます。
 平成4年には「垂直磁気記録技術」の実用化を目指す研究所として「高度技術研究所」を設立しました。この精緻なナノテクノロジーを秋田県に初めて根付かせ、平成17年に本方式を採用したハードディスクドライブが誕生するまで、技術を絶やさぬように支えて参りました。この技術の蓄積から、光学レンズの国内生産でトップを誇る秋田の光学部品企業に多様な観点から技術支援を行っております。その後、平成23年に県内産業を先導的に育成する工業技術センターと融合して「産業技術センター」と名称を変更し、今に至っております。

1 産業技術センターの使命

 センターの使命は、これまでも一貫して秋田県内産業の振興であります。本使命の延長線上には、当県が抱える喫緊の課題である人口減少抑制があり、特に産業振興が、社会減の抑制策の一つになるものと考えております。
 「若者が目指す魅力あふれる企業」の顕在化と「企業の魅力を若者に伝える技」がセットになって、社会減抑制策の実効的な「解」になるものと考えます。「解」に導くためには、主役である県内企業が手掛けている事業の「強み」を明らかにし、「強み」を伸長させる以下のようなプロセスが存在するものと考えております。
 現下の事業における「品質向上」、そして「生産性向上」を加速させ、この作用によりキャッシュフローを改善し、その強みを活かして、社会の課題解決を図る新規事業創出に向けてシフトチェンジすることで、「人に役立つまさに利他的な企業」になります。さらに事業の高度化を図るために、企業間で技術を持ち寄り融合させて、価値の重層化を図り、出口近傍のモノづくりを形成させます。このような企業行動によって、若者が抱く「人のために貢献する企業で働きたい」という思いに相通じ、この共感によって人が集まり、社会減の抑制に貢献できるものと考えております。

2 「課題」転じて「シーズ」となす

 我々は、このプロセスを、企業と一緒になって作り上げるために、企業が抱える「課題」にスポットライトを当てたいと思います。この「課題」をいかに見出せば良いでしょうか。
 一つは、当センターとの「共同研究」を通して、課題を解きほぐすことを提案します。例えば品質にばらつきがあるという課題があれば、その要因を徹底的に調査検証することで安定した製造環境を構築します。さらにIoTを導入して高精度でアクティブな管理によるライン構築を研究開発するなど、生産性に優れ、製造するモノにとって最適な環境の構築を進めることで、企業にとってオリジナルの「強み」が生まれます。企業の「課題」を見出し、その企業の強みとなる「シーズ」に変容させることで、新たなビジネスチャンスを生みだす原動力になるものと考えております。
 また、当センターのホームページでは、県が保有する特許や技術など総数60件以上をまとめた「シーズ集」を公開しておりますので、是非ともご覧ください。

3 「共同研究」は人材育成塾

 私が考える「共同研究」は、企業エンジニアのスキルアップとイノベーティブな体験をする人材育成の場です。当センターの研究員と企業エンジニアが、あるテーマで一緒に汗をかくことで、企業エンジニアに技術的な探求心が芽生え、多様な視点からモノのメカニズムを探求する喜びとその魅力を見出すことが可能になります。
 喜ばしい一例を紹介します。共同研究を行っている若き企業エンジニアは、研究の面白さを理解できるようになり、学会発表をこなせるまでに成長しました。その完成度の高い発表により、学会からベストプレゼンテーション賞を受賞しました。現在、秋田大学の社会人博士後期課程に進学、博士を目指しております。企業サイドもこのようなやる気のある秀逸な人材に投資するというバックアップ体制を敷いて「人材が人財」になった例です。彼は、このキャリアを活かし、今後大学等の先生達と密接な交流を重ね、将来、企業のアンテナとなり、舵取り役を担う人財として能力を発揮するものと期待しております。もちろんこの企業は、既に秋田を代表する「憧れ企業」であり、秋田の将来を導く一つの企業と考えております。
 「人材」を「人財」に育て上げるためには、「イノベーションの創出」と同様、時間を要することをどうかご理解ください。
 近年、短期利益優先主義の大企業において「時間を要する事業」に投資することが難しいと言われております。そこで、秋田の企業経営者の皆様には、将来のあるべき姿を想い、若きエンジニアを例えば「共同研究」を通して「知財」を作るイノベーティブな人財エンジニアに育て上げるという、企業の宝作りをお勧めいたします。
 さて、平成29年度の当センターの研究員は45名です。一方、共同研究の件数は研究員の数を超える60件以上であり、ここにも県内企業が将来の事業構築に向けて真剣に取り組んでいることが現れており、嬉しく思っております。

4 人との出会いによるイノベーション体験

 僭越ですが、私の若き日のエンジニア体験を紹介いたします。学生時代に「工業」の「工」とは、天と地をつなぐ人間の技であると恩師より授かり、モノづくり、特に人に貢献するモノづくりに希望を見出しました。
 学生時代、電磁気学を学び、10年間勤めた企業では永久磁石を用いた部門に所属しました。当時を振り返ると、QCサークル活動が盛んで「改善提案」も一つの仕事でした。この提案活動によって、工学的な思考回路が形成され、脳細胞は絶えず刺激を受け、どうすれば生産性が向上できるのかと考える癖、習慣をいただきました。担当製品は、ハードディスクドライブにおける磁気ヘッドを操作するボイスコイルモータ(磁気回路)の設計開発です。 受注につなげるためには、顧客の心を掴むことが重要との考えに至り、顧客が有する課題を聞き出し、解決に導き、顧客の成果につなげるためにと何度となく顧客を訪問し、ディスカッションを重ねました。顧客サイドも心を開き、「当社が競争力をつけるために、どうすればよいのか?」と踏み込んだ議論をするなかで、「開発期間の圧縮、量産コストの圧縮が必要」という厳しい要求もいただきました。
 実は、これが大きなヒント&チャンスになりました。当時、試作開発に要する期間は、およそ1か月も必要でした。誰もが、そこに疑問をもっておりませんでした。この壁を破るために工場の現場に赴き、試作工程の内訳を聞いてみると、磁石の形状を作るための加工冶具作製に3週間、加工に1週間、計4週間がお決まりのコースとなっておりました。
 そこで、一回限りの試作品になぜ加工冶具が必要なのか?他に磁石の形状を作る加工技術はないのか?と工場担当者と議論し、別案で磁石を加工しようと提案しました。この無茶振りによって、約2週間で試作品が完成。一方、コスト問題については、用いていた高価な磁石を顧客の設計通りに用いると量産コストの低減は困難でありました。そこで、駆動コイルと磁石配置との軌跡をシミュレーションして、コイルの駆動角度によって生じる駆動力の変動を抑えた磁石配置の検討を提案し、最適な形状と配置の評価実験を顧客と一緒に繰り返し決定することにより、コストダウンを達成しました。これらの努力が実り、量産受注につなげました。まさに、彼らの業績につながればと相手を想い、利他的に知恵を絞った成果でした。私にとっても、この体験こそが、人と出会ってイノベーティブな発想を形として作り上げた原体験になりました。秋田県の企業エンジニアの皆様もこのような「共同研究」を通して経験いただくことで、イノベーティブなモノづくりに興味を持っていただけるものと考えております。

5 私のオープンイノベーション体験

 その後、私は平成6年に秋田県庁に入庁、出発研究は平成8年から始めた「機能性流体を用いた加工技術」でした。本技術が特許性を有する技術であると確信したのは、電界を流体に与えた時に流体が示す活発な挙動を捉えることに成功したことによります。本技術を知財化し、その後、論文発表したところ、お蔭様で学会より技術賞を頂戴しました。
 本技術を詳細に検討すると、液体中に分散している微粒子に外部より電界を与えることで、各々の物質固有の誘電率に従って吸引力が生じ、それぞれの配置が制御可能という新たな機能を有することを明らかにしました。
 この技術に「電界砥粒制御技術」と名前をつけアイデンティティを持たせ、今で言うブランド化を行いました。「電界砥粒制御技術」を検索するとものすごい数の検索結果が出てきます。
 本発明後に県内の工具メーカーの社長さんらが訪問された際に「電界砥粒制御技術」の液体挙動をお見せしたところ、これは弊社の小径工具の刃先仕上げ技術に“すぐに”試したいという声が上がり、早速、「共同研究」をスタートしました。これが本技術の実用化に向けたオープンイノベーションのスタートでした。企業が抱えていた課題は、職人さんでも難しい微細径で高硬度な素材のボールエンドミルの刃先を仕上げる作業でした。ここに「電界砥粒制御技術」を適用することで、工具の寿命が2倍程度延びるという新たなプロセスを作り上げることに成功しました。本研究は企業固有の技術シーズにつながりました。また、ご担当いただいた企業エンジニアとともに、本工法に係わる特許を共同出願し、さらに技術を守り広め、多くの方々に伝えるために「精密工学会」等の学会にて発表しました。その後、県や経済産業省の「競争的資金」にも申請して新製品開発に前向きな企業に変貌を遂げていただきました。このような「産官共同研究」の成果が認められ、昨年、文部科学大臣賞・科学技術賞を一緒に受賞するに至りました。今でも本技術が現場で活用されているというお話を聞くと、まさに技術屋冥利という言葉を噛みしめることができます。
 その後、「電界砥粒制御技術」は、「電界撹拌技術」の発明につながり、精密工学の将来展開は医療技術であると平成15年より「産学官金」の「北東北ナノメディカルクラスター研究会」を立ち上げました。この研究会を通して、秋田で生まれた「電界撹拌技術」を秋田大学医学部の先生や県内企業とのご縁によって、企業の方々の強みを持ち寄り装置開発を行いました。この秋田発のオープンイノベーションは、平成26年に「がんの迅速診断装置」の上市に繋がりました。今後も本装置は自動機へ進化して参ります。既に700名を超える患者様の診断支援に活用されているとの報告を受けております。人のために役立つ技術の創出に携われたことは誠にうれしいことであります。
 このような経験より「共同研究」は「人と人との出会いの場」そして「相互育成の場」、「企業の可能性を広げる場」となり、これを次世代の方々に伝えることで、「憧れ企業創出の場」になるものと考えております。おそらく、この流れは、この秋田という地に存在する企業群だからこそ成功した事例ではないかと誇りに思っております。
 さて、当センターでは、これまでに200本を超える(~平成27年)特許出願を手掛けており、国内の公設試験研究機関の中でも6位の多さとなっています。このように知財をベースに企業と組み、その企業に合った研究開発に変容させ、事業化を達成する。これが地方発オープンイノベーションと考えます。ご興味があればお声がけください。

6 これからのイノベーションの創出に向けて

 今後、あらゆる産業においてIoT&AIを用いた生産改革が浸透していくものと考えます。これらを支える技術にとって重要なポイントは、シンプル&スマートなモノづくりです。言い換えると、淀み無いモノづくり、流れを止めないモノづくりが求められます。例えば、工作機械は、理想的には24時間の稼働が求められ、このため試料とのインターフェースとなる工具の寿命をいかに延命できるかが問われるものと想定されます。
 このような情報通信技術の進化に伴って、工具や機械など、ハードな技術の進化も求められ、これらが相まって両輪のように進むことが可能になります。県内企業の皆様も顧客要求の詳細なる聞き取りをお願いします。このような動きが新たな事業チャンスにつながるものと考えます。

7 イノベーティブなモノづくり企業へのシフト

 秋田県の製造業は、予てより生産拠点として中央圏の企業を支えてきました。そこで、このような企業が今後、よりイノベーティブな企業へ変貌するためには、どのようなアクションが必要でしょうか。
 既にビジネスパートナーとして顧客と信頼関係が構築されている企業において、導かれるキーワードは「安定した品質の維持」であると思います。この緊張感を弛緩させないために、顧客と自社との信頼をより深めることが必要と考えます。
 そのためにも自社で製造している「製品」や「部品」がどのように顧客に使われているのか、自社の「モノづくり現場担当者」が顧客に赴き、その使用状況の見学や最終的にお客様の手に渡る現場に立ち会わせていただいてみてはいかがでしょうか。「製品」や「部品」等が持つ本来の意義を考え「顧客の幸せな生活を守ること」という構図を理解いただくことで、「モノづくり現場担当者」のプライドが高まり、結果として自社の歩留まりが向上します。
 新製品に向かう場合には、部品の機能が十分に発揮できる提案を行うために、自社のこれまでの経験やシミュレーション技術を活用し、図面に盛り込むことで設計の価値を高め、保有するノウハウを刷り込むことでよりイノベーティ
ブな仕事の進め方につながり、顧客と自社との信頼関係がより深まり、新たな事業開拓に展開するものと考えます。
 このようなモノづくりを実現するために、当センターでは、企業人材育成事業の一環として、「デジタルものづくり設計技術者育成事業」を実施しております。今後のビジネスチャンスの拡大に重要なツールとなるシミュレーション技術の導入が、顧客の心を掴み信頼関係が深まるものと考えます。人財づくりの「共同研究」と併せてご活用をご検討ください。

8 結語

 最後に、秋田県内企業が「若者が求める魅力あふれる憧れ企業」になっていただくためには、当県企業がより「イノベーティブかつ利他的な動き」を進めていることを確実に「伝える力」が大切であると考えます。このような新たなダイナミックな動きを伝えることで、若者は関心を抱き、人口減少、特に社会減抑制に貢献できるものと考えます。
 そのためにも当センターの研究員と皆様のエンジニアとが「共同研究」を通して、切磋琢磨することで、秋田から世界に向けたオープンイノベーションを興して参りたいと考えております。どうか、今後も秋田県産業技術センターをよろしくお願いいたします。
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