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「食の秋田」の振興を考える

 秋田県は、良質な農水産物を持つことに加え、古くからの発酵技術に培われた伝統食品、多彩な郷土食等、「食」を巡る豊かな資源と文化に恵まれている。しかし、その一方で食品関連産業は全国に比べ事業規模が小さく、出荷額水準も下位に止まるなど全般に苦戦を強いられている。折しも「食」の周辺は農業とのペアで今後の成長分野の一つに見込まれ、多くの地域が振興に余念のない状況である。もとより本県でも、総合計画「元気創造プラン」の重点戦略に据えて注力しているところであり、高い農業生産と豊富な食資源から元々大きなポテンシャルを内包するだけに、一層の成果が期待されている。本県食品産業の現状を概観し、「食の秋田」振興の今後の方向を探った。

1 本県食品産業の現状

 秋田県は、豊かな自然に育まれた良質の農水産物に加え、古くからの発酵技術に培われた酒や味噌・醤油、漬物類の伝統食品、さらに稲庭うどんやきりたんぽ、しょっつるといった郷土食等多彩な食の資源と文化を有し、一名「食の宝庫」とも言われる。また、食料自給率は全国第2位(*1)、農業産出額では同16位(*2)と素材生産量の面でも高い水準を保っており、こうした恵まれた環境を背景に、本県食品製造業は年間出荷額が1,312億円(*3)と、県内では電子部品・デバイスに次ぐ2番目の規模の基幹産業として地域を支えている。
 とはいえ、全国からみればこの出荷額レベルは44位と低い位置に止まるもので、東北6県では最下位となる。また、付加価値額の水準も低位にあるほか、中小・零細事業者の割合が多く、企業規模の面でも全国平均を下回っている。さらに、秋田県の国際収支に相当する「県際収支」をみると、「農業」部門が年間894億円の黒字である反面、「飲食料品」部門では1,372億円の大幅な赤字となっており(*4)、本県が食品素材を安価で県外に提供する一方、それらの加工品を県外から高い価格で購入している実情を示している。このように、本県食品業界は豊富な素材を擁して好条件下にあるにもかかわらず、事業レベルでは残念ながら他地域に比べて全般に劣勢にあり、本来であれば地元として期待し得る付加価値、雇用機会等についても、多くを逸する結果となっている。
 因みに、本県の「食」が産業として立ち遅れた理由は様々指摘されようが、一つには農業が元来コメ偏重かつそれ以外の農産物が多品種少量生産で、ロット的に大規模な加工業をこれまで必要として来なかったこと、また、水産物も同様、100を超す多種の魚介類の水揚げがありながら、ハタハタを除けば量的にみるものが少なく、水産加工業の発展を促すまでに至らなかったこと等、地域が持つ歴史的、環境的背景に遠因があったものと考えられる。さらに、そうした状況の下、昭和40年代~50年代の企業誘致が盛んだった折には、勢い本県では縫製業や電気機械業等、時流に沿った分野の工場誘致がメインとなり、食品産業の育成が一層後手に回るという経緯の重なったことも一因であろう。

(*1)カロリーベースで農水省が公表しているもので、秋田県の平成22年度の値は171%。これは北海道に次ぐ高い水準である。
(*2)平成20年の本県農業産出額は1,546億円
(*3)「秋田県工業統計(平成22年)」による年間出荷額は、食料品・飲料が1,312億円、電子部品・デバイスが4,179億円
(*4)「秋田県産業連関表」による値(平成17年分)

2 地域の具体的取組状況

 しかし、先述のように秋田県はもともと多彩な食の資源と文化を擁し、「食」を巡る事業開拓の面では潜在的に高いポテンシャルを持っている。加えて、農業は世界的にも今後の大きな成長分野と目されている折から、農業ウェートのひと際高い本県にあっては、こうした農業と食品加工業の組合せから新たなビジネスチャンスを生み出し、さらに将来を拓く産業に育てる得る条件が、ひと際揃っていると考えられるところである。
 このため本県では、長期総合計画「ふるさと秋田元気創造プラン」(22~25年度)においてこれらを戦略産業と位置付けるとともに、観光業を加えた「食・農・観」一体で振興に取り組むことを重点施策に定めている。また、別途策定した農林水産長期ビジョンでも、それと歩調を合わせ「総合食品供給県」を将来の姿として展望(*5)しているほか、各市町村においても、近頃は農業と食品産業をセットにした事業推進を、地域振興計画の機軸の一つに据えるケースが増えている。
 こうした全体方向の中で、県内では目下様々な「食」関連事業が展開され、実際、具体的な成果も随所に見られるようになってきた。まず県関連では、内外見本市等への企業出展に関する支援が精力的に行われているほか、デスティネーション・キャンペーン関連イベントや、アンテナショップ等を通じた首都圏でのPR活動も盛んに重ねられ、県産食品についての販路開拓面で成果が上がりつつある。また、米粉利用拡大やエダマメ日本一を目指した取組など特産品育成に関わる事業に加え、農業試験場や総合食品研究センターではオリジナル・ブランドの研究開発(*6)も鋭意進められている。
 他方、市町村レベルでも各々の地場産食材を利用した地域起こしの取組が、行政や商工会等の音頭で頻繁に行われている。具体的なところでは、食を巡る各種イベントや中央からバイヤーを招いての商談会の開催、また、近頃流行のB級グルメ事業をテコに活性化を目指す動き等も活発で、地場産品の新たな需要創造に道を開きつつある。さらにそうした一方、県内企業を主体とする民間サイドにおいても、「農商工連携」や「6次産業化」に係る各種支援制度を利用して事業発進するケースが相次ぎ、また、異業種から新たに参入する例も増えている。

(*5)「農業と食品産業の融合を促し、ともに発展することで農業産出額は東北上位を、また食料品製造出荷額は東北他県と同程度の水準を目指す」としている。
(*6)平成24年3月末現在、県オリジナル品種の登録品種数は水稲や野菜、果樹等で30品種(出願中は4品種)。また、総合食品研究センターでは、地域資源を活用した新商品開発研究、県独自の発酵技術を活用した新商品開発研究、食品加工関連新技術+バイオリファイナリー研究、を3本柱に新しい食品加工技術を開発している。

3 食品産業振興をめぐる留意点

 このように、「食」関連事業の振興は県内あげて懸命に取り組んでいる状況だが、もとよりこれは本県に限ったことではなく、今や全国各地で同様の取組が進められている。しかも、食品回りは農業とのペアで将来の日本経済を牽引する産業の一つと期待され、目下、国全体が支援する対象(*7)ともなっている背景から、各地における「食」関連事業推進の動きは今後ますます加速する方向にある。
 従って、こうした趨勢にあって本県が他地域と肩を並べられるようになるには、元のスタート位置が低い分、従来にも増した事業努力が求められることは言うまでもない。折しも、近年は需給構造の変化やニーズの多様化など、食品を取り巻く環境が急速に変わりつつある。これらの動向を踏まえて適切に方向を見極めることはもとより、今後の具体的推進に当たっては、本県が本来持つ強みを活かし逆にマイナス条件を克服する工夫等も、より一層凝らしていく必要があろう。

(*7)国は、食品産業を農業や流通業と連携させた形で振興する方向を打ち出し、経営指導や補助金支給等により全国の6次産業化の取組を強力に支援している。例えば、農水省は「食品産業の将来ビジョン(24年3月)」で、食品関連産業全体の市場規模について6次産業化や輸出の奨励により、2009年の96兆円から2020年には120兆円に拡大させることを構想、このうち6次産業市場の規模を2010年約1兆円から、2020年には10兆円までに拡大させる計画としている。

(1)「食」をとりまく環境の変化
 最近の「食」を取り巻く環境変化でとりわけ影響の大きなものは、人口減少と高齢化、及び少人数世帯数の増加といった社会基盤の変化であろう。
 まず、人口減少は全国的現象であることから、今後の食品需要は県内外とも基本的に量的拡大が見込めず、従って、先々業界全体として過当競争の状態に陥ることは、ある程度避けられないものと思われる。それに加えて、県内では大手スーパーの進出やネット販売拡大の余波を受けて地場商店数が激減し、生産品の地元での販売先も乏しくなる一方である。そうかといって大手スーパー、量販店等を納入先に求めることは、中小・零細の県内業者にとってロットや採算条件から容易なことでもなく、従って、本県業界にあっては新たな方面での販路開拓が、一層焦眉の課題となっている。
 他方、人口に占める高齢者層の割合が高くなったこと、及び少人数世帯が増えつつあることは、食品市場の需給構造面に影響を与えている。例えば、高齢者の増加は魚介類、野菜・海藻等もともとシニア層の食費支出割合が高い分野の需要を一段と膨らませているほか(*8)、「介護食品」といった新たなマーケット(*9)も生んでいる。また、単身や核家族化による少人数世帯の増加、共働き世帯の増加は、惣菜や弁当類、調理パンといった「中食(なかしょく)」の市場規模を拡大させ、コンビニの出店拡大、量販店の営業時間延長等の商業界の営業展開と相俟って、食のニーズ多様化に拍車をかけている。
 その他にも、このところの世帯所得の伸び悩みは内食回帰(*10)と低価格指向を併せて招き、さらに、そうした一方で安全安心・健康への消費者の指向が増している点等も、最近の食をとりまく顕著な環境変化の一つである。

(*8)総務省「家計調査」等の資料によると、高齢者層は食費に占める魚介類、野菜・海藻類への支出割合が高く、近年その傾向がさらに強まっている。
(*9)明確な基準はないが、きざみ食やペースト状、ゼリータイプにしたもの等々、主に高齢者が効率よくエネルギーや栄養を摂取できるように加工したもの。市場規模は90億円前後(2011年)と推計されている。
(*10)「内食」は家庭内で調理されるものについての食事形態、一方「中食」は、企業などが提供した調理食品についての食事形態をいう。

(2) 本県「食」環境の強みと弱み
 以上のような状況の下、本県食品産業についてはこれまで業界や関係者の間で振興策が検討され、「食」の環境を巡る強みと弱み等についても様々論議されてきた経緯にある。そのうち比較的多くの機会に指摘された項目には、以下に列挙したようなものがある。

「食」をめぐる秋田県の強みと弱み
[強み]
①広大な農地に豊かな農産物、また、比内地鶏、ジュンサイ、ハタハタといった特産品等、四季折々の多彩な素材に恵まれている。
②きりたんぽ、しょっつる、いぶりがっこ等の郷土食や、米麹を活用した発酵食品類など、特色ある伝統食文化を有する。
[弱み]
①農水産物等の素材が少量多品種で、ロット的に加工産業の対象となるものが少ない。また、加工製品も少量で主要品目に乏しく、大手スーパーや首都圏を対象にした際のコマーシャル・ベースに乗りにくい。
②産物の種類は多いが皆各々で、全体として商品を売るための仕組みや機会が乏しい。また、農林水産業と食品製造業の連携も十分ではなく、一次産品のままの出荷・販売が多い。
③食品加工業には中小・零細企業が多く、技術力、販売力の面で県外大手との格差が大きい。また、地域産品を一次処理加工する工場が少ないため、野菜、果樹などの加工を隣県に委託している割合も多い。
④大消費地と距離があることや冬季積雪といった地理・環境条件のほか、商品搬送が少ロットになりがちで高コストになる等、流通関連のハンディが大きい。
⑤県外販売店等とのネットワークが不十分なため、マーケット動向を踏まえた生産や商品開発ができていない。

 まず強みについては、豊富な食材と多彩な食文化、および伝統技術に基づく発酵食品を持つといった具合に、概して「資源面での優位性」が挙げられている。一方弱みについては、素材、製品とも小ロットで商業ベースに乗りにくいことや、小規模・零細企業が多く技術・販売力が弱いこと、地域的に物流条件が悪いこと等々、主に「事業推進上の隘路」が並べられている。従って本県食品産業の現況ということでは、これにも明らかなとおり、「良質の資源を抱えながら事業展開に活かせず苦慮している状況」の一言に尽きるように思われる。
 なお、事業化面の弱さに関しては、以上の他に本県のそもそものスタンスについても厳しく問われている。実際、県外に進んで打って出ようとするケースの少ないことや、他県に比べて概して業者の販売熱意が希薄であること等、取組姿勢に積極性の欠ける点をしばしば外部から指摘される。これは県民性にも起因すると思われるが、最早それに事寄せて看過できる状況でもなく、振興策以前の懸案として、関連業界が急ぎ向き合わなければならない課題であろう。

4 今後の方向

 こうした状況を踏まえて改めて本県「食」振興の今後の方向を考えると、関連する産業も含めて素材生産、加工、流通・販売の各段階において、多くの項目が対応を要する課題として浮かび上がる。そのうち基本的なものでは、以下のようなものが考えられる。

(1) 素材生産の基盤強化
 素材に関する分野では、供給の大元である農業について、コメ偏重からの脱却と生産作目の拡大が求められるが、これはもともと本県が抱く一大テーマでもありひとまず措くとして、手始めに、加工に適した種類の野菜や果樹など、素材生産の裾野拡大を進めることが必須であろう。因みに、国内で生産される生鮮野菜類の需要は、6割前後が業務用・加工用である。本県でもエダマメに続いて、目下、ネギ、アスパラガス、ホウレンソウを「メジャー3品目」として産地育成に乗り出したところでもあり、まずは業務用・加工用ニーズの分野に大きく歩を進める趣旨で、こうした基盤強化を進めることが第1点と思われる。
 また、生産物については極力県内で加工を施し、付加価値を高めて一定ロットで出荷する体制作りが必要であるが、現状、県内には1次処理加工所が少なく、青果物や水産物のカット、缶詰め・袋詰め、冷凍処理、その他の作業を隣県工場に委託しているケースが多い。従って、今後は基盤強化と並行して県内の食品加工機能を整備する取組が急がれるほか、その両方を進める観点で、これまでやや手薄であった農業と食品関係事業者相互の交流・連携を強化する試みも、一段と重要となってこよう。

(2)製造・販売と流通面の改善
 次に製造・販売の面では、需要の総量拡大が難しい中、これからは必然的に「付加価値が高く売れる商品作り(*11)」、および「新販路の開拓」に力を傾注せざるを得ない。前者に関しては、他地域にはない本県独自の種類のものを如何に生み、大きく育てるかという部分が焦点になろう。また後者については、長い間県内商圏に多くを頼ってきたことが新たな流通ルート構築と情報蓄積の遅れを招き、人口減による需要縮小と相俟って、本県食品産業に停滞をもたらした一因ともなっている。従って、この後は県外、中でも市場規模の大きさから首都圏の開拓に引き続き尽力することが重要であり、またターゲットとする分野については、先にみたように、人口が減少する中でもマーケット拡大が続く高齢者向け(*12)、および中・内食向け等が先々有望と思われる。
 なお、地理的な条件から本県では流通面がこれまで大きなネックとなってきたが、製品の企画統一や共同配送により一定のロットを確保すること、物流窓口を統合してニーズに即応可能な体制整備を進めること、通販やインターネット利用の販売手段を充実させること等で、効率やコスト面を改善できる旨、業界誌等に助言も記されている。さらに、冷凍・冷温技術進展を背景に近頃は消費地までのコールド・チェーン整備が可能となり、鮮度維持が不可欠な食品についても搬送面のハンディが少なくなるなど、物流面の様々の問題点について次第に改善の方途が広がりつつある。

(*11)県総合食品研究センターが食品事業者を対象に行った調査結果(平成22年)では、「売れる商品をどう作っていくか」が最も課題と考えられている項目であった。
(*12)農林水産省では、2020年における高齢者向け食品の市場規模を2兆492億円と試算している。

(3)ブランド化の取組
 近頃は商品のブランド化の重要性が唱えられ、多くの産地がその取組に邁進している。もとより「ブランド品」の称号を得ることには大きなメリットが期待されるが、ただし、大手メーカーや他地域の競合品が市場に溢れる中で、新たに地元産品をその一角に加えることは、言うほど現実には容易くないであろう。幸い本県は、伝統的な行事や食文化に加え豊かな自然、温泉、さらにはナマハゲや秋田美人といったアイテムまで混然一体で独自の地域イメージを形成し、全国的にもある程度認知されている。このため、本県では「食・農・観」一体の振興計画と呼応させて、これを県産品の統一イメージとしてうまくPRに利用しつつあり、こうした方向からのアプローチも、ブランド化に準じた効果の得られる手段として現実的かつ有効と思われる。

(4) 海外市場の開拓
 国内需要の伸びが限られる中では、海外市場開拓の取組も今後は欠かせない。昨今はアジアを中心に海外需要の伸びが大きく、既に製品輸出面で相応の成果をみている先も少なくないが、一方で、県内の小規模・零細業者にとって海外展開は、販路開拓や搬送手続き、貿易取引等、多くの面で未だハードルが高い部分があるのも事実である。従って、グローバル化を全体的に進めるに当たっては、貿易や海外事情の啓発に加え、業界をリードする中核企業の育成等も併せて重要となろう。

5 最後に

 以上、考えられる項目について要点を並べたが、詳細を挙げればその他にも取り組むべき課題は多い。しかし、先述の繰返しとなるが、それらの根底にあって本県「食」関連の振興に欠かせない点は、何よりもまず「積極的に打って出る姿勢」であり、この面の改善なくしては多くの施策も十分な成果をあげ得ないことが明らかであろう。また、これまで本県でも企業等の手により多彩な商品の創作・販売が重ねられてきたものの、多くが零細な事業レベルで区々バラバラに展開された結果、業界全体の業容拡大までは容易に進展しない状態が続いている。従って、根底部分で不可欠と思われる点の第2は、同業や異業種間の連携及び組織的な対応による「力の集約」であり、何れ両方とも意識とスタンスの変革が求められるものである。元々、本県「食」のポテンシャルの高いことは先にも記したとおりであり、将来への扉はこうしたベースとなる部分をまず整えてかかることで、逐次開かれていくものと期待される。

(高橋 正毅)

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