トップ機関誌「あきた経済」トップ秋田県の航空機産業

機関誌「あきた経済」

秋田県の航空機産業

 航空機産業は、世界の旅客需要増加を背景に今後大きく成長する産業として注目を集めている。
 このため国内の各地域では、航空機産業への参入を目指して様々な取組みを行っている。秋田県でも早くから航空機産業への参入を目指し、平成18年12月に「秋田輸送機コンソーシアム」を立ち上げるなど、官民一体となった活動を続けている。本稿では、国内航空機産業の現状、県内における航空機産業への参入をめぐる動きや今後の展望についてまとめてみた。

1 国内航空機産業の現状

(1)生産額の推移
 国内における航空機産業の年間生産高は約1兆7,000億円規模であり、そのうち約1兆2,000億円が民間航空機産業となっている。10年前に比べると約1.5倍の規模に拡大しているものの、国内の機械工業生産額に占める割合は、わずか2.3%にとどまっている。また、各国の航空宇宙工業の規模(各国公表データの関係上、数値は宇宙を含む)を生産額で比較すると、日本は米国の約7%程度に過ぎず、他の先進国と比較しても産業規模は小さい。
 世界の航空機産業は、今後20年で旅客機運航機数が現在の約2倍に、旅客機の新規納入機数は約3万4,000機になると見込まれており、市場の大幅な拡大が予測されている。したがって、まだ世界的シェアが低い日本において、航空機産業は今後成長していく可能性が極めて大きい分野と言える。

(2)航空機産業の特徴
 旅客機は大きさによって広胴機(客席230以上で通路が2つ)、細胴機(客席100~229で通路は1つ)、リージョナル・ジェット機(客席20以上99)に分けられ、広胴機、細胴機ではボーイング(米国)とエアバス(欧州)の2社が完成機メーカーとして市場を独占している。リージョナル・ジェット機でも、ボンバルディア(カナダ)とエンブラエル(ブラジル)2社の独占状態となっている。
 航空機の開発は、計画段階から納入まで10年近い期間と数千億円以上の開発費を要すると言われており、開発投資が膨大で投資回収までの期間も長いことから新規参入が難しく、寡占状態となっている。しかし、近年はリージョナル・ジェット機の部門で、ロシアや中国の企業が新規参入しており、日本の三菱重工業の「MRJ」も話題となっている。
 構造的にみると、航空機は主に「機体」、「エンジン」、「装備品」の3つから構成されており、中・大型機の完成機メーカーは部品を含めてこれらを世界各国から集め、自社で組立して航空機を完成させている。なお航空機1機当たりの部品数は約300万点で、自動車1台の約100倍と言われている。

(3)国内航空機メーカーの現状
 国内の大手重工メーカーは、完成機メーカー から機体の一部の製造を請け負っているが、現状ではボーイング社からの受注が大半を占めている。平成28年の航空機関連売上高のランキングでは、国内最大手の三菱重工業が世界16位、次いでIHIが30位、川崎重工業が37位となっている。
 三菱重工業の「MRJ」が初の国産旅客ジェット機として注目を集めているが、日本のメーカーが中・大型機の完成機メーカーとなることは資金面等の事情から難しく、現実的には海外の完成機メーカーからの受注比率を高めていくことが市場拡大につながっていくものと思われる(現在、ボーイングの最新機であるB787では、日本のメーカーが製造の約35%を担当していると言われている)。また日本は広胴機が主体となっているが、将来的に最も需要があると予測されている細胴機への対応が必要となってくる。加えて、今後は拡大の見込まれている修理分野への参入や、シェアの低い「装備品」への本格参入も課題である。

(4)航空機産業参入のメリット
 航空機産業への参入のメリットとしては、先に述べた①今後成長が期待できる産業であるほか、②航空機製造に関しては高い技術力が必要であり、他分野への技術的な波及効果が得られる、③航空機特有の高品質マネジメントが要求され、品質管理体制の高度化が進展する、④長期契約の受注産業であるため、5年、10年といった長いスパンでの事業計画を立てやすい、という点があげられる。

(5)航空機産業参入への課題
 航空機産業参入への課題としては、①高い技術、品質管理が求められることから、「JIS Q 9100」(※1)やNadcap認証(※2)の取得が必要となる、②専用の設備や工場等の投資が必要であり、また実際に参入するまでの期間が長いことから、相応の資金調達が必要となる、③製品寿命が長いことから、長期におよぶ部品の供給責任と事業の継続性が求められる、という点があげられる。
※1 JIS Q 9100:一般的な品質マネジメント規格のISO9001に、航空宇宙産業固有の要求事項を追加した国際規格
※2 Nadcap認証:米国のNPOであるPRIが審査機関として運営している、国際航空宇宙産業における特殊工程や製品に対する国際的な認証制度

2 県内航空機産業の動向

(1)これまでの動き
 秋田県で航空機産業に最も早く参入したのは株式会社三栄機械(由利本荘市)であり、昭和63年に航空自衛隊との取引を目指し、営業活動を展開したのが始まりである。その後、平成10年に初めて航空機関連の装置を納入した。
 18年12月には県の産業技術総合研究センター(現在の産業技術センター)と県内企業5社が「秋田輸送機コンソーシアム」を設立した(現在18社)。5年に岩手県で「INS宇宙航空研究会」が発足しているが、航空機に絞った組織としては東北初であり、その後、東北地域の連携組織である「東北航空宇宙産業研究会(TAIF)」が設立され、以降、東北各県で航空機に関する研究会等が設立されていった。
 県では「あきた未来総合戦略」の中でも航空機産業の振興を重要プロジェクトと位置付けており、28年度の航空機関連の出荷額22億5千万円を31年度には54億円に拡大することを目標に掲げている。29年度の実績(速報値)は26億円であり出荷額は伸びているものの、同年度の目標50億円に対しては達成率52.0%と未達の状況になっている。
 全国では航空機産業への新規参入や拡大成長を目指す組織が40以上あり、活発な活動を行っている。28年の都府県別航空機関連産業の出荷額をみると、事業者の特定を避ける目的で一部出荷額を秘匿(非公表)としている都府県があるため単純比較はできないものの、秋田県が公表している出荷額22億5千万円は、全国都府県の公表金額ベースでは17位に位置する。19年の1千万円から28年は22億5千万円と大きく伸びているが、秋田県より出荷額が大きい都府県は多く、全国的には未だ低位にとどまっている。

(2)参入企業の現状
 ここで、本県で早くから航空機産業に参入し、現在も出荷実績のある2社についてみてみる。

a 株式会社三栄機械(由利本荘市)
 県内における航空機産業のパイオニアである。前述のとおり、昭和63年に航空自衛隊との取引を目指したのが始まりで、その後様々な課題をクリアして、平成10年に早期警戒管制機のレーダードームを点検する作業台の納入を果たしている。18年の「秋田輸送機コンソーシアム」、翌年の「東北航空宇宙産業研究会(TAIF)」の立ち上げには中心的な役割を担った。その後民間航空機へも参入し、「B787」の中央翼や主翼生産設備、「MRJ」の胴体などの機体のほか、各種検査・整備・運搬等の装置など手掛ける分野は多岐に渡っている。これらの様々な製品は設計から施工までを担っており、ほとんどの大手重工メーカーと取引がある。新機種開発の際には各社からオファーがあるなど、良好な信頼関係を築いている。航空機以外にも電子部品、風力発電機、自動車、各種プラントやタンクなど取り扱う分野は幅広く、航空機で培った技術を応用しているケースも多い。航空機産業部門の売上は全体の35%を上回り、主力部門となっている。今後も取扱分野の拡大による航空機産業部門の成長を目指している。

b 秋田精工株式会社(由利本荘市)
 同社の航空機産業への参入は、平成18年の「秋田輸送機コンソーシアム」の立ち上げに参画したのがきっかけである。翌年「東北航空宇宙産業研究会(TAIF)」の設立にも参加し、22年には「JIS Q 9100」を取得し、航空機内装品事業へ本格参入した。航空機のギャレー(厨房設備)およびラバトリー(化粧室)を製造するメーカー(東京都)へ航空機内装品を納入している。また事業の地域連携を深めるべくLLP(有限責任事業者組合)(※3)の発足に参加し、同社が中核となって県内企業との連携によるサプライチェーン(※4)を構築し増産に対応するなど、地域の中核企業として牽引役を果たしている。航空機内装品の出荷額は順調に伸びており、29年にはNadcap認証を取得、今後は他分野への参入も視野に入れながら、航空機産業の定着・拡大による地域経済の発展を目指している。製造工程では、28年に航空機部品の材料や製品を傷つけたり、破壊したりすることなく検査可能な装置として「蛍光浸透深傷検査用設備」を導入している(Nadcap認証はこの検査部門で取得している)。
※3 LLP:専門の知識・技術やノウハウを持った企業が共同で新たな事業に取り組みやすくするために設立された事業体制度
※4 サプライチェーン:製造業において、原材料・部品の調達から、製造、在庫管理、販売、配送までの製品の全体的な流れ

(3)研究部門
 県では既存の航空機産業への進出と並行して、次世代技術開発による新分野への参入を目指し、大学等各関連機関と連携をはかり主に次の2つについて研究を進めている。

a 複合材製造技術開発への取組み
 平成29年4月に秋田大学、秋田県立大学、日本精機株式会社(秋田市)、株式会社三栄機械(由利本荘市)が「秋田複合材新成形法技術研究組合(ANC技術研究組合)」を設立し、航空機向け複合材の研究を進めている。この素材は航空機向けを最終目標とするが、その途上において、医療福祉、自動車など多様な分野での事業化も見込まれている。秋田大学では、航空機用の新素材に関して三菱重工業と共同研究を進めているほか、自動車用では大手自動車メーカーとの連携もはかってきている。

b 航空機システム電動化への取組み
 平成30年4月に県と秋田大学、秋田県立大学の研究者17名で発足した「ARI(アキタ・リサーチ・イニシアチブ)」がIHIと航空機システムの電動化について共同研究を行い、県内企業に試験設備の発注を行っている。ARIには「燃料ポンプの電動化」、「システムモデル評価」など4つの研究プロジェクトがある。システム電動化の研究(理論構築)から実証実験まで一貫して秋田県内で実施し、システムに関する研究拠点や製造拠点の創出を目指している。

3 県内航空機産業の今後の展望

(1)航空機産業の競争が激しくなってきている中、効率的な生産・供給、量産化やコスト削減が不可欠であり、ひとつの企業が一部の工程を担う、これまでの「単工程」での受注ではなく、地域の連携組織や共同受注組織が、ある工程を一貫して受け持つ「一貫工程」を受注・管理する体制が求められている。このため、各地域で「一貫工程」を担える組織の構築を目指す動きが活発化している。
 県の調査では、県内で航空機産業に関わっている企業は平成28年度時点で24事業所、うち現在「JIS Q 9100」を取得しているのは8事業所、Nadcap認定取得は3事業所となっている。また、経済産業省の統計調査では、航空機関連の出荷額があるのは3事業所にとどまり、県内で「一貫工程」を担う体制やサプライチェーンを構築するには参入企業の絶対数がまだ不足している。 
 したがって、当面は前述の2社のような既に実績のある企業が受注を増やしていき、他企業と協働しながら技術やノウハウの蓄積を進め、県全体の出荷額を増加させていくというのが現実的であると思われる。あわせて県内製造業者からの参入はもちろん、関連企業の誘致や他産業からの参入を促進して、航空機に携わる企業を増やしていく必要がある。そのためにも参入意欲を持つ企業が積極的にチャレンジできる環境づくり、技術面、資金面等あらゆる面からサポートできる体制を産官学金一体となって構築することが求められる。
(2)航空機産業は産業分類では「航空機製造業」、「航空機用原動機製造業」、「その他の航空機部品・補助装置製造業」の3つに分類されるが、それぞれに細分化された多くの分野がある。各地域、研究組織等でもターゲットを絞り切れていない現状にあるが、地方企業が、これから機体やエンジンに新たに参入することは極めて難しく、「その他の航空機部品・補助装置製造業」を目指すのが現実的ではないだろうか。そして、本県製造業の強みを生かしながら、部品・補助装置のどの分野、どの工程に参入するか、具体的な狙いを定めて取り組んで行く必要があろう。
(3)航空機関連の新分野に関する研究部門においても、他地域との競争は激しくなってきている。本県のANC技術研究組合が研究開発に取り組んでいる航空機の新素材に関しては、東海、北陸地方をはじめ、研究が盛んな地域が複数存在する。また、現在航空機向けの複合材の基材として利用されている炭素繊維強化プラスチック(CFRP)の再利用(リサイクル)は大きな課題であり、今後の研究テーマになり得るものと予想される。本県のARIが研究開発を進めている航空機電動化についても、他地域での研究が進んでおり、今年7月には国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)が複数の大手企業と連携して「航空機電動化(ECLAIR)コンソーシアム」を発足させている。それぞれ全く同じ研究内容ではないものの、同種類の研究であれば「早い者勝ち」という面があり、実用化に向けたスピードも求められてくる。
(4)航空機産業は世界的にみて、今後成長する産業であることは間違いない。本県は東北では最も早く参入し、県も各種セミナーの開催やマッチングの支援、参入にあたっての各種支援制度の導入等、様々な施策を講じてきており、航空機関連の出荷額も伸びてきている。
 航空機産業の市場規模は大きく、また一度受注すると技術や信用といった点から長期安定的な受注が見込まれる。参入へのハードルは非常に高いものの、県を代表する産業になり得る可能性を秘めており、チャレンジを続ける価値は十分にある。将来は「航空機産業は秋田県」と言われるよう、産官学金の力を結集して、本県の航空機産業が飛躍的に成長していくことを期待したい。
(岩橋 彰)
あきた経済

刊行物

お問い合わせ先
〒010-8655
 秋田市山王3丁目2番1号
 秋田銀行本店内
 TEL:018-863-5561
 FAX:018-863-5580
 MAIL:info@akitakeizai.or.jp