経営随想

「 理 想 郷 」

若泉 裕明
(東電化工業株式会社 代表取締役社長)
 弊社は昭和57年に県の誘致で、秋田県唯一の電子部品表面処理のめっき専業として設立し、お陰様で昨年、設立35周年を迎える事が出来ました。
 私個人も東京から秋田県に移住し、本年6月で15年が経とうとしています。その15年の間にはリーマン・ショックや東日本大震災など、予想困難な経済危機もありましたが、全国のお客様のご協力や地域の皆様のご理解、そして何より従業員が全社一丸となって、この経営危機を見事に乗り越えてくれました。
 創業者、先代社長が愛情を注ぎ育てた会社を約7年前に譲って頂いた訳ですが、『企業30年』と言われる時代に、いかに発展させ、次の世代にバトンを渡せば良いのか…と、その当時はよく不安になっていたものです。
 人口減少や生活習慣病、排他的文化など、何かと『負の話題』も多い秋田県ですが、海外(東南アジア)や東京、そして秋田で働いた経験上、個人的な意見を述べさせてもらえば、その様な『負の話題』は地域性の問題であって、どこにでもある事だと思います。唯一、足りないところがあるとすれば、仮に『負の話題』に直面した時、その問題と対峙して、解決しようとする勇気です。人間、誰でも弱いものです。悪者にはなりたくないものです。もちろん私もそう感じる時が多々あります。
 改革による波風を立てず、現状を維持する(変えない)事は一個人としては心地よく、また周囲との摩擦も少なく、平穏な日々を暮らすことができます。しかしながら、よく言われるように『現状維持は衰退の第一歩』という言葉も事実であると感じています。
 約7年前に世代交代し、何から手を付ければよいか分からなかったものの、創業者や先代との比較をされている錯覚に陥り、自分の考えや方針を周囲に有無も言わさずトップダウンで実行し、確かに、目に見える形で売上増や【経営改善】ができるようになってきました。
 企業が【経営改善】を遂行する上で、トップダウンで改善を推し進めるのは一番スピーディーであり、効果が高いのも事実です。
 その一方で、当時の私には一番大切なものが見えていませんでした。それは『従業員の気持ち』です。その頃には、ある程度の自己満足が私の【経営改善】に対するモチベーションにマンネリ化を生み、勝手に従業員との間に『溝』を感じるような感覚を持つようになっていました。必然的に自身の心や体にも異常を感じ始め、このままでは長続きしないと考え、企業改善の方法を変えようと決意しました。
 この時、企業の【経営改善】と【体質改善】は似ているようで、実は全く違う事だと気づかされました。
 文字通り、【経営改善】の主目的は数値的目標の設定と達成度であり、経営者の目標は反映されていますが、その目標に実働部隊である従業員の意思や想いは反映されづらいという事です。
 また、松下幸之助さんの『企業は人なり』という言葉にもあるとおり、企業が発展するためには、ご指導して頂けるお客様、そして何より社業発展に尽力してくれている従業員とその家族の幸せが不可欠であるという事に気づきました。
 では、【体質改善】をするためにはどうしたら良いのか?と考えたとき、数値的目標の設定をして、その目標を達成するための過程は従業員の意思に任せる事、また、その目標を達成した場合の対価を事前に、かつ明確に伝えていく事が重要だと考えました。
 従業員があらゆる改善に挑戦し、万一失敗したら、それは経営者の責任なのです。挑戦した結果が間違っていたら元に戻せばよい。失敗したら再挑戦すればよい。あらゆる改善に挑戦し、また失敗し、達成した時の喜びを分かち合う。弊社の従業員はそれを繰り返していくうちに、必然的に【体質改善】が進んでいく事を実証してくれています。
 例え話です。目の前に高い雪山があるとします。その雪山の頂上まで、石ころを転がしながら登って行くとします。雪山の頂上に登頂するまでは、雪をまとった石ころをしっかりと押し上げて行かなければなりませんので大変ですが、頂上を越えて、一度雪道を下り始めると、その雪をまとった石ころは、自ら転がり始め、自分で大きくなってくれます。
 今、私の目の前には、はっきりとその姿が見え始めています。
 つい先日、50歳を超えた社歴の長いベテラン従業員が私に話してきました。「社長、若手の○○くんを私に預けて欲しい。そうしてくれたら、自分が定年退職するまでに役職者に育ててみせます!」と。
 誰でも自分には欲があり、他人の事を考える前に自分の昇給や昇格を考えるのが一般的な思考かと思います。そのような中で、自分の定年退職までに、自分の成長のみならず、若手を自分の上司にまで育ててみせます!という勇気と熱い想い…。
 私は今、一度雪山を乗り越えた最高の従業員達に支えられ、幸せな経営者だと感謝するとともに、冒頭に述べた『負の話題』は弊社では微塵も感じる事はないと考えております。

≪新たなる挑戦≫

 社会人になってから、ずっと『めっき(鍍金)』の世界で仕事をしてきた私にとって、秋田県の大自然は素晴らしい魅力の一つに感じます。都会での生活とは異なり、身近に自然と触れ合える環境はある種の贅沢です。
 一方で、全国的な高齢化社会への突入や、人口減少率全国一位の秋田県にとって、その自然豊かな環境を維持する事は難しくなってきていると感じていました。
 秋田県の生産出荷額は『工業』が『農業』を大きく上回っています。しかし、従事者数の観点で言えば農業従事者の方がはるかに多いと言えますが、新聞などの報道からも知り得るとおり、就農者は年々減少しています。
 では何故、就農者が増えないのか?農業従事者の高齢化は大きな要因ですが、その他の理由の一つとして、『農業』は労働に見合った対価を得られないと思われているからだと私は考えています。自然を相手にする『農業』に関しては、全くの素人の私ですが、いつの日からか「農業は本当に職業として成り立たないのか?」という事にチャレンジしてみたいという欲望が心の奥底に湧いていました。
 今から約5年前、経営者同士の集まりで知り合った野菜ソムリエと半年ぶりに秋田空港でバッタリと再会しました。
 「俺、農業やってみたいのだけど…」
 今考えれば、あまりにも漠然とした言葉ですが、その野菜ソムリエは、時間を見つけては、知り合いの生産者の所に連れて行ってくれたり、秋田県の特産品についても教えてくれたりしました。「やる気があるなら、手伝ってもいいよ」そう話してもくれました。
 どうせやるなら、前述した生活習慣病や耕作放棄地問題、人口減少や地域コミュニティの崩壊などの『負の話題』を解決できるようなビジネスモデルを作りたいと考えました。
 そこで我々は、昔から秋田県で自家消費されてきたエゴマに着目しました。地域の皆様に協力していただき、耕作放棄地にてエゴマを栽培してもらい、我々は収穫した種子を購入してエゴマ油を商品化、エゴマ油を中心に地産地消を主目的とし、エゴマ油を摂取する事で健康増進の一助になれればと考えています。
 耕作放棄地は新たなる収入源となり、エゴマ油で健康増進を目的として活動し、自社の搾油工場は地域の憩いの場になるように改装中です。
 農業に関しては素人の我々ですが、理想を現実にするために一歩ずつ前進していきたいと思います。このビジネスモデルを実現し、ご協力をしてくれている多くの方々へ恩返しをする日が必ず来ると確信しています。
あきた経済

刊行物

お問い合わせ先
〒010-8655
 秋田市山王3丁目2番1号
 秋田銀行本店内
 TEL:018-863-5561
 FAX:018-863-5580
 MAIL:info@akitakeizai.or.jp